飛行機を降り、タイ王国に一歩足を踏み入れると、南国特有のムーッとした空気に包まれる。 この国への日本人旅行者の数は年々増え、今や韓国、中国、香港、台湾に次いで5番目となっている。スパイスの効いた味わい豊かなタイ料理、世界遺産のアユタヤやプーケットを初めとする魅惑的なビーチリゾートなど、タイ王国は世界中の人々を引き付け、魅了し、常に新しい発見やサプライズなどに満ち溢れている。
私には、タイ王国は犬達にとっても、ある意味楽園のように感じられる。この国での犬の地位は、あまり高いとはいえないが、古くからの敬虔な仏教国であり、人々は生き物を無駄に殺生したり、虐待したりすることは決してない。 そのためか、一時期ストリートドッグの増加と狂犬病の広がりが社会問題となり、数万頭もの処分を余儀なくされるという悲しい出来事もあったそうだが、今では大の愛犬家としても知られるプミポン国王の指示により、ストリートドッグ達は手厚く保護され、ワクチン接種や避妊手術などが行われたうえで、元の場所に戻されるケースが殆どだ。 人間の都合で不要となったペット達を物としてしか扱わず、毎年20万頭以上もの犬が処分されている、どこかの国とは大違いだ。
のどかな田園風景が広がる農村から首都のバンコクまで、どこに行っても見られるのが犬の多さである。 それもリードをつけた飼い犬ではなく、ストリートドッグ達である。 彼らは灼熱の太陽が容赦なく照りつける暑い大地で自由気侭に、かつ力強く生きるすべを知っている。檻に入れられたり、鎖に繋がれていることもなく、好きな時に眠り、好きな時に仲間の犬たちと戯れ、自分達のペースで生きている。マーケットや歩道のど真ん中にいようが、彼らを邪険に扱ったり、虐待する人間はここにはいない。人々は敬虔な仏教徒であり、命あるもには敬意を払う。 極端に太った犬もいなければ、全身皮膚病でガリガリにやせ細った犬を見かけることもない。人々はストリートドッグ達を特別に可愛がるでもなく、犬達も店の人やお客さんからのおこぼれにあずかろうと、飲食店や屋台のテーブルの下で気長に待ち続ける。 大半は我慢のかいあり食事にありつける。 誰も不衛生だからといって追い払うものはいない。 この国では、人と動物とが日常の生活を通して互いに絆を深めるすべを知っているかのようだ。 飼い主も犬達も互いに依存することなく、また特別なことを求めるのでもなく、ただ、そこにいるのだ。
近代化が着実に進むバンコクの町並みだが、昔から変わらぬ光景がそこにはある。 犬と人間が共存しあう姿は何処か微笑ましい。 自由気侭に人間社会とふれあっているかに見えるストリートドッグ達。 本来は豊かな自然の中、群れをなして生活してきた犬達だが、今はその生活の拠点がコンクリートジャングルに変わってしまい、生きる過酷さは着実に増し続けている。それでも心が病んで、一時的な欲望を満たすだけのためにペットを求め、飽きたから、面倒だからといって、平気でそのペットを犠牲にする、そんな国で暮らす犬達より、はるかに豊かな生活を楽しんでいるかにみえる。ただ単に放ったらかしにしているだけだ、と感じる人もいるだろうが、私には何故か、これが本来の犬達のあるべき姿ではないだろうかと強く感じた。
しかし、問題も山積みである。日本と同様に、都会を中心とした過熱気味のペットブームは、従来の犬と人との構図を崩しつつある。飼い主に見放されたり、事故に巻き込まれて障害を持つ犬の数が激増し、社会問題となっている。その一方では、中流階級や裕福層の間では、ブランド犬が人気を呼んでいる。ペット環境も年々良くなっており、ドッグランなどを完備したワンちゃんに優しいアパートや、施設も増えている。 ペットショップでは手軽に良いものが手に入り日本や欧米などと変わらないのが現状である。 情報交換の場やイベントも盛んに行われ、タイ王国でのペットブームは、灼熱の太陽のように冷える兆しはない。どこでも言えることだが、一時的なブームでペットを飼うのではなく、生命の大切さについて学び、豊かな情感や責任感を持って、犬達と共存していくことが必要ではないだろうか。