飯田基晴
『制作費はこちらで用意します。私が生きている間に、動物達のおかれている現状、そして命の大切さを伝える映画を是非作って欲しい』。一人の猫好きおばあちゃんの強い想いが、命をめぐる長い旅へと飯田監督を誘う事となった。

依頼主である稲葉恵子さんは、長年の間不幸な境遇に置かれた猫達を数多く保護し世話してきたが、その努力にも徐々に限界を感じるようになってきていた。そんな稲葉さんは人間の身勝手から不条理な生き方を強いられている犬猫達の現状を出来るだけ多くの人達に知ってもらおうと映画制作を思いつく。

飯田監督とおばあちゃんとの出会いは、監督の映画デビュー作である『あしがらさん』の上映会での事だった。この映画は、新宿の路上で30年以上もの間、ホームレス生活を余儀無くされていた一人の老人の3年間にわたる路上生活、そして、そこから抜け出して地域での暮らしを取り戻すまでを描いた作品であるが、この映画に感銘を受けたおばあちゃんの依頼により、映画『犬と猫と人間と』は、4年間もの歳月を経て完成するに至った。

『制作費は出すが、口は出さない』そんな夢のような話に、冗談とは思えないものの、本気とも思えなかった。『何故、そこまで猫の事を・・・』との監督の問いに、おばあちゃんは『人間も好きだけど、動物のほうが、まだましみたい・・・。 私は人を見る目はあるので誰でも良いのでは無く、あなたに作って欲しい』 。

幼い頃に実家で犬を飼っていたと言う事以外に、動物たちに特別な関心を払った事は無く、ましてや動物たちが置かれている状況については知る由も無かった飯田監督は、犬猫たちの置かれている実情を知るべく、まずは関連書籍を読む事からの手探りの取材が始った。
過剰とも思えるペットブーム、その裏に隠された実体は、知れば知る程あまりにも酷く、目を覆いたくなるよう事柄が多く存在していた。劇的な減少が見られるとは言え、今だに年間30万頭以上もの犬猫たちが、安楽死という名の元に、炭素ガスによる窒息という大きな苦しみを伴う方法で殺処分されており、その殆どは飼主の無知と無責任による救えたはずの尊い命であるという現実。それに、たった一日で1000頭近いという数字は、『なにがなんでも多すぎる』

監督は、この数字の背景にある実体を伝えようと、捨てる人、救う人、殺処分する人など、様々な立場の人を捉え伝えている。陰惨で感情面から、視聴者を一方向へ誘導しがちなトピックであるが、監督の暖かく柔らかな口調のナレーションは、救いが感じられると同時に、視聴者が客観性を失うことなく一貫して観る事に一役かっているような気がする。

『自分の主観を全面的に打ち出したり、自分の考える動物愛護を強く訴えるものにしないように努めました。電車に例えるのは変かもしれませんが、ある程度のレールは作っています。ただ、特急列車のように突っ走るのではなく、各駅停車のようにいろんな所に停車し、その現場その現場を一緒に観て、問題に向き合うものにしたつもりです』
殺処分されていく犬猫達の多くは、一時的かもしれないが、飼い主から愛情を受けて「家族」の一員として暮らしてきた「命」です。映画の冒頭で『ペットとはどう言う存在ですか』との問いかけに、『家族以上の存在です』と、にこやかにきっぱりと答えていた人達が、いつ何時起こるかも知れない生活環境の変化により、いとも簡単に彼らを手放す事になるかも解らない程、人間の中にはエゴと愛が表裏一体となって存在している。映画の中で登場する獣医師の前川さんが語った『動物を可愛がるには、平和で裕福でないと難しい』との言葉が、人間社会全体に根ざしている深い問題を浮き彫りにしているような気がしてならない。

幸せになる犬猫達と、そうではない命の違いは何なのか、人間に飼われた時に始めて「家族」となる犬猫達も、生まれた時には人間社会にとって、たんなる「商品」でしかない。そして「家族」となった犬猫達も、何時迄も家族の一員でいられるかどうかは解らない。 彼らも捨てられた時点で「家族」から「不要物」として扱われ処分されていく。それが、今空前のペットブームの中で起きている現状だ。

『撮影が進むにつれ、ホームレスの人達との共通点がみえてきました。一旦路上にいくと、そこから抜け出すのが凄く難しい現状があります。社会的に弱い立場になったら見捨てられる。これは犬猫も同じ。家庭で飼主に愛されて育てられているうちは良いが、都合が悪くなり飼えなくなって捨てられるとそれっきり。救いの手を差し伸べられる事はとても少ない。人も動物も弱者が犠牲になっているんです』
個人であれ行政であれ、ペット産業には問題が山積している。動物愛護という精神を日常生活に深く浸透させ、人とペットが自然体で共生共存できる社会環境を築き上げるためには、厳密な法整備はもとより、社会的経済的な余裕、文化や伝統といった精神的支柱に裏打ちされた思考、そして、飼主一人一人が生命の尊さを十分に理解する必要があり、その為にも正確でタイムリーな情報を得るとともに、自分自身で考えてしっかりと行動する事が必要だと思える。

4年間もの歳月を経て、おばあちゃんと約束した映画はついに完成した。日本を飛び出し、動物愛護先進国であるイギリスの実情にまで迫った同作は、「命の大切さを伝える映画を」という、おばあちゃんの願いには十分答えることが出来たが、「生きている間に」という、彼女の想いは届く事はなかった。しかし、不幸な犬猫を少しでも減らし、何とか命を繋ごうとする彼女の希望を見つめる旅は、今始ろうとしているような気がする。この映画を通して、私達人間にとって最も身近な動物達の小さな命の叫びを観て感じ、そして、しっかりと受けとめて欲しい。

『この問題は、まだまだ知られていないのが現実ですが、知る機会があったとしても、ちょっと目を背けたくなるテーマなんです。だからこそ、映画としては間口を広くしたいと思ったし、マイナーなテーマだからこそ、解る人にだけ解るものではなく、子どもが観てもわかるくらい整理しようと思いました。ただ、広く浅く、にはしたくなかった。取っ付きやすく間口は広いけれど、観終わった後に深いところに連れて行くような、そんな映画を目指したんです・・・』

犬と猫と人間と:http://www.inunekoningen.com/

『犬と猫と人間と』10月10日(土)より
 ユーロスペースにてロードショー、他全国順次公開
犬と猫と人間と

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